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この地域で循環型農業をずーっとやっていきたい。 実家は代々続くラ・フランスやりんごの果樹農家。現在、その栽培は祖父母や両親に任せ、ご自分は有機米や野菜を栽培。「22歳で就農し15年目だけど毎年一年生。同じように植え、管理しても同じようにはできない」と話す横山さん。でもその話しぶりに暗さはなく、ほのぼのとした空気に包まれるようです。その理由はどこから?体型(失礼!)だけではありませんよ。
横山 裕一さん 東置賜地域は、日本でいちばん古いラ・フランスの産地といわれています。代々果樹農家の僕のとこも6割はラ・フランスで、あとはりんごやさくらんぼを栽培。まだ祖父母(大正15年と昭和3年生まれ)も現役で、現在4世代8人家族です。パルシステムさんには米沢郷牧場を通しラ・フランスとりんごを出荷していまーす。 僕は別に農業がいやというわけではなかったのですが、高校を出てから4年ほど地元で働いていました。そこでは昇進の機会もあり少し悩みましたが、ちょうど親父が園地を広げた時期で、手伝わないときついかなと思い就農。もともとものをつくることが好きだったし、命令!?されながらの仕事も嫌いな性質で(笑)、また、同じ世代で農業してる人がいなかったことで俺がやってやる…みたいなこともありまして(笑)。まあ自分には合ってたんだと思います。 果樹は今のところ祖父母や両親で手が足りているので、僕は有機で米や野菜づくりをしています。1995年8月に米沢郷グループの伊藤幸蔵代表が「農家の自立と自然循環型農業の実践」を呼びかけ、その賛同者で「ファーマーズ・クラブ 赤とんぼ」を設立してからは、おふくろが遊び程度で育てていた有機米を引き継ぎ、本格的に稲作に着手。また野菜栽培は、冬場雪で何もできなくなる分を夏場でなんとか稼げないかと自分が始めました。野菜は休耕田で作ってるんで水はけが悪く、作れる野菜も決まってくるんだけど、土壌診断や管理、BMW活性水を使ったり、肥料の内容や施肥管理など技術面で工夫しながらやってます。けっこう大変で苦労はあるんだけど、自分の子どもたちが、スーパーや外食で食べた野菜を「おいしくない。お父さんの野菜はおいしい」と言ってくれることが喜びや励みになり、一段とやりがいが持てるようになりましたね。 農業は15年目になりますが、毎年一年生みたいなもんです。おんなじ種を植えても同じようには収穫できないのが農業。そこで必要なのが、同レベルのものを作る技術力です。でも自分だけ技術が高くいい野菜をつくっても、産地全体がそうでないとだめなわけで、その技術を全体に広げることがむずかしいと感じてます。ファーマーズ・クラブ 赤とんぼでは、若手が集まって技術研究会を作り、そこで農業技術の研究などもしていますが、とくに年配の方にとってはこれまでの経験から培ったやり方やスタイルがあり、それを別のやり方でというときに衝突もあります。でも、みなさんの経験も尊重し活用し、理解や納得もしてもらい、よりよいやり方でより安全でおいしい野菜をみんなが出荷できるようになりたいと考えています。 夢はこの地域で循環型農業をずーっとやっていきたい。そのためには技術を駆使し土を大事にすることが不可欠だと思っています。僕は基本的に水耕栽培はきらいで、土に根を下ろし、土で育まれることが農業だと思っているので、このスタンスは守っていきたいです。 子どもがふたりとも小学校にあがったので、妻は野菜栽培をがんばってくれてて助かっています。農家出身ではないのですが、同じ世代の奥さんたちと女性部会を作り活動し、米沢郷グループの農産加工場の仕事をしたりして、顔を売ってる(笑)のも、とても心強い。パルシステムさんの女性生産者交流会にも参加させてもらってるんですよ。これからも夫婦共々よろしくお願いします! |
▲横山 裕一さん
▲ラ・フランスの園地
▲りんごの園地
▲農業技術研究会のみなさん
▲パルシステムの組合員さんたちと、田んぼの生きもの観察会
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* 本ページの内容は2010年1月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合があります。 あらかじめご了承ください。