何故リスクコミュニケーションが必要か

講演: 食品の安全と安心を確保するために
        
        何故リスクコミュニケーションが必要か
         〜農薬などのポジティブリスト制を中心に〜

NPO法人食品保健科学情報交流協議会  林 裕造 氏

食の安全・安心の問題を解決するために何故リスクコミュニケーションが必要なのでしょうか? 難しい質問のようにみえますが、リスクコミュニケーションを使わないで安全対策をたてていた時代にどのような問題があったかを考えれば、答は簡単にみつかるはずです。

 食生活に新しいものを取り入れようとする際に、私達は先ず科学的データに基づいてそのものが人の健康に対してどのような有害影響をどの程度及ぼすかを調べます。これがリスクアセスメントです。次に、リスクアセスメントの結果を根拠にして、国民の健康を保護するための対策(規制、基準など)を立て、それを実行に移します。これがリスクマネジメントです。
 このようにみてみますと、リスクコミュニケーションなしの従来型の安全対策でも特に問題はないように思えます。しかし、詳しくみるとその中に大きな問題が潜んでいるのです。
 

 先ず、リスクアセスメントが科学的データに基づいているといっても、データが十分に提供されることなく、いろいろな仮説により補われている部分があります。リスクマネジメントについても、リスクアセスメントによる科学的判断が行政上の対策に正しく反映されているのか、又、対策の妥当性が適切に評価されているのかについての問題が残ります。 

 端的にいうと、従来型の安全対策には上述の問題を解決するための仕組みが取り入れられていないのです。例えば、これまでの安全対策ではリスクアセスメントとリスクマネジメントを行政担当者とリスク研究者が協同で取り扱い、消費者には最後の結論だけが伝えられ、その結論がどのようにして導かれたかの中身が見えにくい状態におかれていました。 

 そこで、1995年に国際的な専門委員会が、これまでの方法ではいけないということで、消費者保護を優先した総合的なリスク対策として、リスクアセスメント、リスクマネジメントおよびリスクコミュニケーションをひとつにまとめたリスクアナリシス(リスク分析)という新しい方法を提案しました。次にその内容を簡単に説明しましょう。 

 物質を有害なものと無害なものに2大別することはできません。有害か無害かはその物質の摂取量、摂取する期間、摂取する人の感受性など、言い換えると使い方によって決まるものです。リスクアセスメントは有害でない使い方の科学的根拠の提供を目的としています。この結果に基づいて有害でない使い方を確定し、それを社会に定着させるのがリスクマネジメントです。有害でない使い方とは、厳密に言うと有害性の発現が許容範囲内にある使い方の事です。ここで大切な事は、リスクアセスメントとリスクマネジメントが独立して実施される事、およびリスクアセスメントとリスクマネジメントの全過程がリスクコミュニケーションによって裏付けられている事です。 

 リスクコミュニケーションとは、リスク問題について、全ての関係者(行政担当者、企業関係者、研究者、消費者)が、必要な情報を共有した上で問題の解決、言い換えると適切な施策、措置の決定に向けて意見を交換しあうことです。リスクコミュニケーションでは関係者の合意による、納得のいく結論を引く出すことが最も望ましいのですが、合意が得られない場合には、その理由あるいは問題点を明確にする必要があります。
 では、農薬等のポジティブリスト制を題材にしてリスクコミュニケーションを行う場合の論点について考えてみましょう。
 

 食品中の残留基準が設定されていない農薬等が含まれている食品、これは本来あってはならないことなのでしょうが、驚くべきことに、このような食品の流通を禁止する規制はありません。そこで、食品衛生法で基準が設定されていない農薬等が一定量以上含まれている食品の流通を原則的に禁止するという制度としてポジディブリスト制が検討されています。消費者保護の観点から望ましい制度なのですが、制定に当って次の点を解決しておく必要があります。 

 ポジティブリスト制は見方を換えると、残留基準が設定されていない農薬等を含んだ食品であっても、その量が一定以下ならば流通を原則容認する制度であるともいえます。従って、ポジティブリスト制を実施するためには、一定量以下の残留ならば有害影響が発現しないことの担保が必要になります。現在、ポジティブリスト制では有害影響が現れない量の尺度として暫定基準、一律基準、不検出等が用いられていますが、それらの定義、科学的妥当性についての消費者に対する情報開示が十分でない事がリスクコミュニケーションの問題になっています。 

 日本ではリスクコミュニケーションがまだまだ未熟であると痛感しています。

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