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社会貢献活動レポート

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第63回 「口蹄疫被害生産者支援カンパ」の取り組み 宮崎県の畜産復興を願い3740万円


▲口蹄疫が発生した家畜舎では殺処分と消毒に追われていました(提供:大井さん)

豊浦獣医科クリニック
大井 宗孝さん

2010年4月、宮崎県内の和牛が口蹄疫に感染していることが判明しました。感染は急速に県内へ拡大し、拡大防止のためにワクチンを接種した牛、豚を含めて29万頭もの家畜が殺処分されるという深刻な事態へ発展。これを受けてパルシステム連合会では、6月7日から7月16日の6週間、組合員へ「口蹄疫被害生産者支援カンパ」を呼びかけました。組合員からは3570万7101円、同時に職員や子会社、委託運輸会社などにも協力を呼びかけ、合計で3740万688円ものカンパが寄せられました。カンパは全額を宮崎県と社会福祉法人宮崎県共同募金会が実施主体の「宮崎県口蹄疫被害義援金」へ寄贈しました。義援金は、被害を受けた畜産農家への配分や、地域復興対策事業に活用されます。

口蹄疫とは

ウイルスによって広がる牛や豚などの伝染病で、非常に感染力が強い。口や蹄(ひずめ)などに水泡ができるのが特徴。発生が確認された場合は、迅速に殺処分などの措置をとることが法律(家畜伝染病予防法)で義務づけられている。
発生した農場の家畜は殺処分し埋め、農場周辺の牛や豚の移動を制限するため、口蹄疫にかかった家畜の肉や乳が市場に出回ることはない。また、牛肉や豚肉を食べたり、牛乳を飲んだりしても人間が口蹄疫に感染することはない。

感染判明直後の現地は「まるで戦場のよう」

パル・ミート顧問獣医で、豚肉の産直産地の首都圏とんトン協議会顧問でもある豊浦獣医科クリニックの大井宗孝さんは、口蹄疫感染が確認されて約2週間後の5月4日から宮崎県入りし、2週間にわたりボランティアとして活動しました。「養豚場での発生直後から県の対策本部などへ協力を申し出たのですが『十分足りている』との回答でした。しかし、宮崎県の獣医仲間から話を聞くと『足りない、手伝ってほしい』という返事で、現地が相当混乱している印象を受けました」(大井さん)。

大井さんが宮崎県入りした時点で、殺処分が決まっていた豚はすでに2万頭を超えていました。獣医である大井さんは、家畜の殺処分の現場で何を優先すべきかとても迷いました。

「安楽死を優先するのか、埋設する人の作業性を考えるべきか、それよりも感染拡大を防ぐことが重要なのかと。処分のために埋設場所近くに家畜を移動させるにも、病気が悪化し歩くのが辛そうな豚もいます。こうした作業が毎日続くと、感傷的にならずただ機械的に処分せざるを得ません。ウイルスの圧倒的な力に対する絶対的な敗北感に襲われました。現場は戦場のような状態でした」。

こうした経験で大井さんは、ボランティアを終えてからしばらく、軽いPTSD(心的外傷後ストレス障害)のような状態が続いたといいます。「いま振り返って、今後の戒めとして現地の状況をしっかり伝えなければいけないと考えています」。


再開しても出荷まで無収入復興までの長い道のり

口蹄疫発生が途絶えたことで宮崎県は7月27日、家畜の移動・搬出を禁じる制限区域と、発生地域の住民に外出自粛などを求める非常事態宣言を全面的に解除し、8月27日にようやく終息宣言が出されました。ここからやっと、畜産生産者も再開へ向けて動き出すことになります。

生産者は繁殖用家畜の購入や種付け、分娩などを経てようやく出荷できるようになりますが、豚の場合、最短でも14カ月、肥育期間の長い牛となると、数年になります。当然、それまで生産者には収入がなく、逆にえさ代などの出費だけがかさみます。「その間に再び口蹄疫が発生する可能性もあります。経済的に持ちこたえられるのか、などの不安と闘わなければなりません。本当の支援が必要なのは、むしろこれから」と、大井さんは再建へ向け継続した支援の必要性を訴えます。

また、畜産県である宮崎県は農業生産の6割を畜産が占め、さらに加工や卸などの関連産業も多く、こうした〝裾野産業〟を含めると地域経済でも重要な位置にあります。口蹄疫による畜産業の停滞は、地域経済全体に大きな影響を及ぼしており、1日も早い復興が待たれています。

口蹄疫発生後のパルシステムの主な対応オレンジ色部分
4月20日
宮崎県で発生を確認
5月4日
大井獣医師 宮崎県入り。2週間にわたりボランティアとして対応活動参加。(パルシステムは大井獣医師と情報交換しながら、今後の対策検討開始)
5日
「口蹄疫対策会議」開催(状況把握、産直産地への指導、今後の交流企画の対応など協議)
14日
HP上に「口蹄疫に対するパルシステムの対応につきまして」を掲載。風評被害防止を呼びかけ
19日
「産地へ行こう。」企画の『九州のほうれん草』産地を訪ねるツアー中止を決定
24日
「口蹄疫被害生産者支援カンパ」の募集を決定
26日
・「口蹄疫対策本部会議」開催(状況把握、カンパやギフト、組合員広報など今後の対策を協議)
・提携産地近辺で発生した場合の対策を決定
・「産地へ行こう。」企画の北海道酪農体験ツアー中止を決定
6月1日
農水省生産局畜産部との意見交換
5日
ワクチン接種家畜の殺処分を開始
10日~
・夏ギフト企画・宮崎産黒豚(産直産地ではない)についてQ&Aを作成し、風評被害防止に努める
・移動制限区域の鶏生産者38戸へ支援物資(パルシステムのドライ品)の提供
7日
(~7月16日)
6月3回~7月3回の6企画で「口蹄疫被害生産者支援カンパ」募集
 
10日
HP上に口蹄疫緊急コンテンツ開設。産直産地からの応援メッセージを掲載
19日
「日本の農業に一生を賭ける!学生委員会」(通称SOLA)主催の宮崎牛バーベキュー大会に霧島黒豚とメッセージを送る
24日
口蹄疫学習会(講師:大井獣医師)
30日
ワクチン接種後処分対象家畜について、すべての処分・と体の埋却を終了
7月23日
―食と農による世直し運動で、日本の農業を成長させる緊急集会―今こそ産直の底力 めざせ「日本型畜産」を~口蹄疫とたたかう畜産生産者を支援しよう!~というテーマで開催し、大井獣医師の現地報告も企画
27日
宮崎市を中心に設定された移動制限・搬出制限区域(7月18日に解除された部分を除く)解除
8月3日
「口蹄疫被害生産者支援カンパ」寄贈。宮崎県東京事務所にて贈呈式を行う。(組合員3570万7101円、委託運輸会社、子会社、職員分を含めると総額で3740万688円)
16日~
8月3回、4回企画で、インターネット限定で「宮崎県応援企画」を実施
27日
終息宣言。生産再開
消費者ができる最大の応援は「国産のお肉を食べること」

宮崎県東京事務所の岡村所長(左)とパルシステム連合会若森理事長。カンパは1300戸の生産者などに分配

パルシステムからの義援金を受け取った宮崎県東京事務所の岡村所長は「義援金を受け取った生産者からは『こんなに応援してくれる人がいる』『励みになる』という声を聞いています。かわいがって育てた家畜が殺処分され、生産者は経済的な負担と同様、精神的な負担を負っています。みなさんの温かい気持ちにこたえられるよう、1日も早い復興へ努力します。行政としては、こうした事態を二度と招かないような施策を図ると同時に、生産再開へ向けた支援を積極的に働きかけていきたい考えです」と述べました。

地元紙によると、口蹄疫の被害にあった生産者のうちおよそ7割が「生産を再開したい」と答えているそうです。しかし残り3割は、生産者自身の高齢化などを理由に再開を迷っている状況です。宮崎県では制度を整備し、再開への支援を強めていく方針ですが「せっかくつくっても、食べてもらえなければ復興はありません。宮崎県の牛や豚をぜひ食べてください。そしてできれば、観光として訪れてください」と、岡村所長は呼びかけました。


日本の畜産考えるきっかけに資源循環型農業も防止策の1つ

カンパ金贈呈の際にあいさつしたパルシステム連合会の若森資朗理事長は「口蹄疫の感染源となった可能性の1つとして、輸入される飼料や稲わらなどが指摘されています。もし感染経路が輸入物資からだったとすれば、飼料などを日本国内で調達することが感染防止につながります。これを機会に、日本の畜産はどうあるべきかを考えるべきではないでしょうか。パルシステムも取り組んでいる飼料米などの試みに共感し、買い支えることは、生産者だけでなく自分たちの食を支えるということなのです」と話します。

今回口蹄疫の被害にあった宮崎県にパルシステムの産直産地はありません。それでも日本の畜産を応援するため、たくさんのカンパが組合員、委託協力会社、子会社、職員などから寄せられました。しかし、生産者への応援として消費者が一番できることは「食べること」ではないでしょうか。

パルシステムの産直産地では、飼料用に栽培した米を与え「日本のこめ豚」「こめ鶏」「こめたまご」や、食品残さの活用、なるべくストレスをかけないことで薬剤の使用を低減させる飼育方法の研究など、「資源循環型農業」に取り組んでいます。パルシステムはこうした生産者がつくる食材を積極的に購入し、食べることが、日本の畜産をもっとも支えることになると考えています。



*本ページの内容は2010年10月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合があります。 あらかじめご了承ください。

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