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社会貢献活動レポート

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第47回 農業体験を通じて里山保全の意義を伝える  パルシステム東京が支援する「いなぎめぐみの里山」


▲都心から電車で1時間のところにある「いなぎめぐみの里山」(東京都稲城市)


NPO法人いなぎ里山グリーンワーク
(上)代表の川島實さん
(下)事務局長の小林攻洋さん

東京都心から電車と徒歩で1時間もかからない地に、NPO法人いなぎ里山グリーンワーク(以下、グリーンワーク)の管理する里山「いなぎめぐみの里山」があります。その広さは、2・7ヘクタール(東京ドーム面積の半分強)。畑だけでなく雑木林や竹林までを管理し、農業体験などを通じて里山保全の意義を伝えています。パルシステム東京は組合員が参加できる農と緑の里山体験ゾーンとして、運営および管理をグリーンワークへ委託するかたちで里山の保全活動を支援しています。2004年に開始した活動は、年間50回の農業体験でおよそ3千人を集めるまでになりました。代表の川島實さんと事務局長の小林攻洋さんは、「どんな目的で来訪しても里山を理解していただくきっかけになれば」と口をそろえます。

食からエネルギーまで生活を支えた里山の役割

グリーンワークが管理する「いなぎめぐみの里山」は、パルシステムの稲城センターから京王線の線路をはさんでちょうど真向かいの位置にあります。高台となっている場所からは、天気がよければ遠く富士山を臨むこともできるそうです。取材に訪れたのは、正月野菜の収穫と販売が行われている時期でした。「この雑木林を見てください。葉が散って地面が透けて見えるでしょう。これがきちんと手をかけた里山なのです」と、川島實代表は説明します。

かつて石油や石炭が燃料として使われていなかったころ、人々がエネルギーとして重用していたのは炭や薪でした。その原料となる木を継続的に得るためのノウハウを形にしたのが人の手が入った里山です。山を管理し、ふもとは田畑として農作物を収穫し、資源を循環して活用できる体系をつくってきました。この辺りは、縄文時代から人が住み始め、数千年間、里山を守りながら自然との付き合い方を蓄積してきました。そもそも、以前はこうした姿が、日本中のあちこちで見られたのです。

しかし、20世紀半ば以降、日本人のエネルギー資源は急速に化石燃料へ移行していきます。暖房は囲炉裏からストーブとなり、台所はかまどからガスレンジへと様変わりしました。それに伴い、クヌギやナラといった二次林資源は需要が先細りし、人の管理が行き届かなくなります。また、地域で循環していた経済は、大量消費を基本とした効率性が重視され、ふもとの農地は「非効率的」と放棄されるようになりました。薪、炭、農地の農作物――。里山が育むめぐみの多くが、日本人から不要とされはじめたのです。


不可欠な維持のための伐採当初は「なんで切る?」の声も

(上)「いなぎめぐみの里山」開拓
(下)パルシステム東京の関係者視察の様子

いなぎめぐみの里山として使用している用地も、そんな耕作放棄地のひとつでした。人の手が入らなくなってからおよそ30年が経過した土地は、3メートルを超えるアズマネザサが生い茂る状態に。人の手の入った二次林としての雑木林から、稲城の「極相」と呼ばれる常緑樹のシラカシが勢力を伸ばしていました。こうした状況をみて、川島さんは里山再生に力を入れることを決意しました。60歳を機に、地元稲城市で市議会議長も含め16年間勤めた議員生活へピリオドを打ちます。
※極相(きょくそう)…生物群集の遷移の最終段階で見られる平衡状態のことをいう。

そんなときに知り合ったのが、現在のパルシステム東京の組合員、役・職員でした。当時、組合員が参加できる体験農場を探していた生協と、里山を再生させたい川島さんの思いが一致しました。「小守(秀夫・パルシステム東京理事スタッフ)さんと出会って意気投合し、『稲城なら場所を見つけられる』『じゃ、やろう』という話になった場面は、いまでも覚えています」(川島さん)。こうして川島さんが不動産会社へ土地を賃借してもらえるよう掛け合い、稲城の里山づくりに向けた取り組みはスタートしました。

いざ里山再生を実行する段階に入ると、古くから里山に触れてきた川島さんたちと環境保護を目的とした参加者の間に認識の差が表れました。里山は、先述のとおりクヌギやナラなどの落葉樹の二次林にします。そのためには常緑樹のシラカシなどを伐採しなければなりません。「稲城の極相である照葉樹林(常緑広葉樹を主とした樹林)からクヌギやナラを主とした落葉樹の二次林が里山のあるべき姿なのです」。

しかし、再生を目的とした伐採に対して「なんで切っちゃうの?」と尋ねる人も多かったといいます。「里山の荒廃が問題にされはじめてきた当時は、自然保護を主張する人々も、里山は管理するものという理解が薄かったですね」と、川島さんは振り返ります。里山を再生するために木を伐採する川島さんたちの姿は、少なからずショッキングに映ったようです。


楽しむことで理解のきっかけに「少しでも知ってくれれば」

こうした認識の溝を埋めながら、2004年初頭からいなぎめぐみの里山の「開墾」が始まりました。農地や山林を整理するため重機を投入し、わずか2カ月後には事業をスタートさせるまでに至ります。6シーズン目を迎える現在、雑木林と竹林、畑に分かれたフィールドには、参加者が休めるベンチなども整備されました。

野菜の販売が行われる日は、来場者が畑で買いたい野菜を見極めながらその場で収穫、購入することができます。なかにはベビーカーを押して足を運ぶ親子や、昼休みを利用して買いに来るパルシステムの稲城センター職員の姿も。「買いに来てもらうことをきっかけに、どんなかたちでもいいから参加して楽しんでほしいですね。その体験を通じて、少しでも里山がどういうものか理解につながれば、十分価値のある活動だと思います」と川島さんは話します。

昨年からは炭焼き窯を設置し、雑木林で採れた木から炭づくりも始めました。「木を切って炭をつくるまでが里山なのです」と説明するのは、グリーンワークの小林攻洋事務局長。小林さんも以前は、稲城市役所で環境活動に取り組んでいました。現在は、体験農業など、事業の計画や当日の運営といった実務作業を担っています。「いっしょに楽しむことで、里山について知ってもらうことができます。稲城に限らず、いろいろな地域で活動が広がれば」と、川島さんと同様の思いを語ります。


農業体験は年50回開催“里山ファン”着実に増加

▲収穫体験

いなぎめぐみの里山では、種まきや収穫などの単発事業を年間30回程度、1年間継続して参加できる「里山体験コース」を年20回程度企画し、延べ3千人の参加者を集めています。「参加人数も毎年500人ずつ増えており、本当にやりたい人、里山ファンも着実に増えています。遠方から参加する人もいますが、やはり頻繁には足を運べません。そういう方たちは、稲城をきっかけに里山へ興味を持ち、自分たちの身近な地域で活動に取り組んでくださるようになるといいですね」と、小林さんは期待します。

都心から1時間もかからない土地で、奇跡的といっていいくらい豊富な自然が残る稲城の里山。それを次の世代へ手渡すために、地元の農家や住民、そしてパルシステムが力を合わせ、しかも楽しみながら、その保全に取り組んでいます。


*本ページの内容は2009年2月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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