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社会貢献活動レポート

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第46回 27年ぶりに日本の空へ『佐渡島のトキを守る取り組み』

連合会
山本伸司常務執行役員

2008年9月25日、新潟県佐渡島でトキの放鳥式があり10羽のトキが放たれました。最後の5羽を捕獲してから27年ぶり、日本の空へトキが舞い戻った瞬間でした。
それにあわせパルシステムでは2008年10月5回と11月4回、代金の一部がトキの棲める環境づくりに役立てられる「トキを育むお米」を企画しました。佐渡島の産地 片野尾とき舞株式会社およびJA佐渡では、トキの棲めるような農地づくりを進めるため、有機農業について同じ新潟県のJAささかみと交流しています。パルシステムは両JAの橋渡し役を務めるほか、収穫されたお米を買い支えることでトキの生きる環境づくりを支援しています。将来的にはほかの産直産地同様、組合員が産地を訪れて交流を図っていきたいと考えています。 「トキを育むお米」の意義とこれからの展開について、佐渡島出身のパルシステム連合会山本伸司常務に話を聞きました。

忘れられない鮮やかな朱色 奇跡的に出会った8羽のトキ

山本常務は子どものころ、野生のトキを実際に目にしたそうです。「あれは中学2年のころでした。村の山中にある水田へ手伝いに行ったとき、急に目の前を8羽のトキが飛び去りました。はじめは鶴かと思ったのですが、羽を広げた内側が独特な朱色に染まっていて、トキだと分かりました。あの鮮烈な印象はいまでも目に焼きついています。決して忘れることはできません」。

トキはもともと、北海道南部から沖縄まで全国の湿地に生息していました。人間との関係も古く、日本書紀や万葉集が成立した奈良時代には「桃花鳥」とも記されています。伊勢神宮の神宝のひとつである太刀の装飾にはトキの羽が使われています。その色の鮮やかさは、千数百年以上も前から人々の心をつかんでいました。ただ、古くからその肉が冷え症や産後の滋養によいともいわれ、食用としてもポピュラーだったようです。

そんなトキが日本各地から姿を消し始めたのは、20世紀に入ってからでした。肉や羽を目的とした乱獲もありましたが、最終的には農薬を使用した農業の普及がトキの生きる場所を全国各地から奪っていく結果となります。追い詰められるかのように最後のすみかとなったのが、山本常務の育った佐渡島でした。山本常務がトキを目撃した1966年は、すでに人工飼育が試みられており、翌年にはトキ保護センターが開設。さらにその翌年は日本産最後のトキである「キン」が保護されています。山本常務とトキとの出会いは、奇跡的な邂逅(かいこう)でした。

そして迎えた絶滅。「経済性、生産性だけの米づくりが、トキを絶滅させてしまったといっても過言ではありません。今回のトキの野生復帰は、自然と共生した農業、そして都市と農村がつながる象徴でもあるのです」(山本常務)。


農薬の普及は重労働を解放したが農業の楽しさも奪った

いまも昔も、日本の農業の中心はいうまでもなく稲作です。稲作でもっとも重労働となる草取り作業を軽減してくれるのが除草剤でした。草取りをしなければ収量が減るだけでなく、収穫時にヒエなどが混ざってしまうなどの弊害も伴います。草取りは中腰の状態で、さらに作業中は稲の葉先に目を突かれます。腰や目が痛く眠れない夜もあるほどです。

その辛い作業をある意味軽減したのが、除草剤でした。「たしかに、農薬の普及で生産者は重労働から解放されました。じつは私も昔は『こんな大変な作業をせずに除草剤を使えばいいのに』と感じながら、農作業する姿を見ていた時期もありました」と山本常務は告白します。

お米が市場を通して流通するようになると、価格は下落しました。お米を多く収穫できない中山間地などの里山の生産者は食べることすら苦労するようになり、若者は地域の外へ流出。さびれた農村だけが残るようになりました。「なにより、大量生産によって命との対話がなくなり、米づくりの面白さを失っていることに気づかされました。昔、有機で米をつくっていた人たちは、農薬を使用する農業とは別世界の面白さを味わっていました。水田と対話することで絶えず命の不思議に出会っていたのです」。

たとえとして山本常務は、JAささかみの生産者から聞いた話を紹介してくれました。「『田植えに最適な時期は、カエルが鳴くころ』というのです。理由を尋ねれば、水が温み、カエルが産卵期を迎えるから鳴くのだと。その水温が苗を植えるのにちょうどいいのだということでした。時には山の残雪の形や、あぜの草の生え方を観察し、水田の状況を把握するのです。自然の微細な変化に日々感動できるのが有機農業なんです」。


パルシステムの応援の内容

トキが放たれた地元の片野尾とき舞株式会社およびJA佐渡では、エサとなるドジョウやカエルが棲める水田をつくろうと、有機農業や減農薬減化学肥料のお米の栽培に取り組んでいます。その活動を支援しているのが、パルシステムの産直産地として古くから関係のあるJAささかみです。パルシステムは、片野尾とき舞株式会社およびJA佐渡とJAささかみによる提携の橋渡し役となることで、活動を支援してきました。ドジョウなどが棲めるような土づくりは、言葉であらわすほど簡単な作業ではありませんが、多くの水田を整備し、耕作放棄地はいつでも稲作に利用できるビオトープとして再生させました。

都市部の大学関係者や生協組合員などとの交流もはじまっています。都市と農村に住む人それぞれが参加することで、農村では当たり前だったことの価値を再発見する機会にもなっているそうです。「都市と農村、そして自然が共生する地域づくりの訓練の場にもなっています。都市の人も生産者が受けた感動を体験することで、継続的な交流につなげたいですね」(山本常務)。

また、パルシステムでは「トキを育むお米」を供給することでも、佐渡の取り組みを応援しました。商品価格のうち50円が、トキの保護活動や生息環境の保護活動に役立てられるという仕組みです。「お金はもちろんですが、こうした商品を買うという行動が生産者を勇気づけています。組合員は価値を見出してお米を買う。それが生産者の応援につながる。トキをきっかけに、農村をベースとした社会づくりの重要性に気づいていただければ」と期待します。


放鳥から2週間で本州へ 全国へ広がることを夢見て

▲10月5回(3媒体)、11月4回(『Kinari』のみ)で企画した
『トキを育むお米(佐渡こしひかり)』

27年ぶりに放たれたトキは、放鳥から2週間と経たないうちに本州での生息も確認されました。「トキの行動範囲は意外と広いのです。ささかみの支援で生活環境が整えられた佐渡のトキがささかみに生息するようになったら、たいしたものだと思いませんか」。本州へ渡ったトキが最初に発見された関川村は、佐渡島から北東の方向。ささかみは、そこから南へおよそ40キロに位置し、風向きさえ変われば来てもおかしくありません。

「トキが佐渡島以外に生息できるようになるということは、それだけ有機農業の水田が増えたということになります。それだけの環境が日本につくれたら、本当にすばらしいことですよね」(山本常務)。

パルシステムの目指す、農村をベースとした社会環境づくりが、トキとともにいま飛び立とうとしています。


*本ページの内容は2008年11月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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