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社会貢献活動レポート

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第7回 農家・農協・行政がひとつになった「循環型の地域社会作り」 ゆうきの里の「ものがたり」 社会的責任と生協事業
2004年に行われた「田植えツアー」の様子 ささかみに行くとみんなささかみ病にかかってしまうといいます。
どんな症状かというと「またささかみに行きたくなる」…
病気というのは冗談にしても、「ささかみ応援団」ができるほど、組合員を魅了してしまう産地ささかみ。
その魅力は何なのでしょう。


村ぐるみで「ゆうきの里」宣言 全国に先駆けた取り組み
JAささかみ 石塚美津夫営農課長
農業が基幹産業である笹神村(現・阿賀野市)は1990年(平成2年)に「ゆうきの里」宣言をします。ブラジルで環境サミットが開かれ、環境への関心が高まってきたのが1992年、その2年前に村ぐるみで宣言がなされたことに驚かされます。
その背景にあったのは都市との交流だとJAささかみの石塚美津夫・営農課長は言います。この頃、生協との話し合いの中で、JAだけが交流しても地域は変わらないと、村に働きかけて村をあげて「ゆうきの里」宣言をするわけです。

五頭山系の麓にあるささかみは、地域内に7ヶ所も湧水が湧き出ている「水の里」でもあります。水系の上流にあるささかみが環境保全に力を入れることは、水系下流の地域の環境を守ることでもあるのです。地域の民宿や旅館も合成洗剤をやめ石けんシャンプー・リンスを置くようになりました。

土づくりのための堆肥センター「笹神ゆうきセンター」が作られたのは1991年。
事業主体は阿賀野市で、管理・運営をJAささかみが請け負っています。地域から出るもみガラに畜産農家から出る牛糞・鶏糞と、BMW方式で作られた生物活性水を加えて発酵させます。こうして作られた肥料「ゆうきの子」の効果は、1993年の冷害の年に、堆肥を散布した田のほうが収量が多かったことで証明されたそうです。
堆肥に使うもみガラは、各農家から出されるものですが、その収集方法はユニークです。

ささかみの田んぼの一角にもみガラ集積所が作られています。村内15ヶ所の集積所に持ち込まれたもみガラは一反当たり200円、堆肥センターに直接持ち込んだ場合は600円が支払われます。持ち込んだ量は「意識を変えるため」自己申告だそうです。


豆腐加工施設を設立 「農家のために」から「地域のために」
豆腐工場外観JAささかみでは2001年、大豆加工体験施設を作りました。笹神地域の水田2000haのうち三分の一にあたる600haが減反田です。このうち200haで大豆を作っているのですが、加工施設は「農家が大豆を作り続けるための施設」だと石塚さんは言います。加工を請け負っている(株)ささかみは、JAささかみとパルシステム連合会、新潟県総合生協、共生食品で構成されています。ささかみの大豆と水でつくったブロー豆腐「うめてば豆腐」がパルシステム連合会に届けられています。

ここは林野庁の6haの土地を食育教育のために旧笹神村が払い下げを受けたもので、体験施設と名が付いているように豆腐作りが体験できます。そして加工場ができたことで、地域の雇用の場も生まれたのです。


ささかみ全体が一丸となって 先人の思い、そして価値観の共有
豆腐工場内部25年前「産直をやろう」と決断したのは当時の五十嵐寛蔵組合長でした。当時は環境保全とか有機とか言っても「何をやっているんだ」と理解されないばかりか異端だったと言います。「でも今振り返ってみると国の方向性もそうなってきているし、間違っていなかった」と、石塚さんは感じています。「自分たちは五十嵐組合長の敷いたレールを走ってきただけ」と謙遜しますが、都市からの多くの消費者を迎え入れるエネルギーは、良き指導者を得た、ささかみ全体の力であったと思います。

しかし、どんなに産地ががんばって減農薬・減化学肥料や有機栽培で米や野菜を作っても「消費者の買い支えがないとやれない」というのが事実です。そのためには、同じ米であっても手間暇かけた減減や有機の米と慣行栽培のどちらを選択するのかという「価値観の共有が大事」と、石塚さんは言います。「そして価値観をのせて商品を販売するときに、生協はそれを組合員に伝える役割をして欲しい」。

1999年からささかみではパルシステム連合会の「the ふーど」の取り組みとして完全有機・無農薬の「ゆうき米」の取り組みを始めました。現在約1500戸の組合員の中で有機の生産者はまだ40名にすぎません。「まだほんの一握りです。でもやっていくことによって、なるほど、と見えてくるものがある。時間はかかります」と石塚さん。石塚さん自身、田んぼにメダカやドジョウが増え、夏の夕暮れ蛍が飛び交う景色が楽しみで、「有機を始めると変わります」。

9月25日パルシステム連合会や新潟県総合生協から多くの組合員が訪れ、雨の晴れ間に稲刈りが行われました。子ども達も鎌を持って一生懸命稲刈りをしたり、束ねたり。蛙やバッタを捕まえて目を輝かせている子もいます。田んぼや畑の生き物の話、食べ物を収穫する喜び、豆腐づくり…子ども達に伝えたい、都市の消費者に伝えたい米や大豆の「ものがたり」。何よりも、伝わってくるのは米や大豆を作っている生産者の熱い思いです。「未来永劫の食糧基地でありたい」とのささかみの想いは、組合員の心に「第二のふるさと・ささかみ」の想いを植え付けて、また何人かがささかみ病になって帰ってきたのではないでしょうか。

第1回サマーキャンプ ささかみとパルシステム連合会との関わりは25年前、マイコープの前身北多摩生協が米の産地を求めて当時の笹岡農協(現在のJAささかみ)を訪ねたときから始まります。以後サマーキャンプや冬の交流会、田植えや稲刈りに都市の消費者が訪れるようになります。1986年のサマーキャンプは最大規模470人が参加したといいますから、受け入れ側のエネルギーのすごさに圧倒されます。
2000年5月には、JAささかみ・笹神村・パルシステム連合会の三者による「食料と農業に関する基本協定」を結び、「食料農業推進協議会」を設立し、産直および交流を推進してきました。交流、事業をさらに進めるため2004年4月からNPO法人「食農ネットささかみ」がスタートしました。今後は協議会と連携しながら活動を進めていきます。



*本ページの内容は2004年12月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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